ワーキングメモリーと発達障害

特別支援教育に携わっていると、必ずといって良いほどワーキングメモリーの話がでてきます。

今回はワーキングメモリーと発達障害の関連性、日常生活でどのような困難さが出てくるかをお話したいと思います。

ワーキングメモリーとは

ワーキングメモリーを最初に提唱したバドレーによれば、理解、学習、推論といった認知的課題の遂行中に、情報を一時的に保持し、操作するためのシステムのことを言います。

言語的短期記憶や視空間的短期記憶といった短期記憶を、注意の制御等を司る中央実行系が作用しているというのが一般的なモデルとされています。

ようは、見たり聞いたりといった短期記憶装置とそれらを制御するための装置が頭の中にはあるという風に考えて良いと思います。

発達障害のある人はワーキングメモリーが低い?

発達障害がある人はワーキングメモリーが低い!

なんて事を言う人をたまに聞きますが、確かに低い人もいますが、全てではありません。

むしろWISCを受けてワーキングメモリーの数値が高く出る人も多いです。

では、何故そう思われてしまうのか?

日常生活において、記憶に関することで「あれ?」と思うような出来事がよくあるからです。

実際、検査の数値は非常に高いのによく物を忘れる、言葉の入れ替えが起きて誤解が生じるといった子供や大人を見かけました。

ワーキングメモリーが低い人の事例

宿泊活動の時、ある生徒が交通費を計算したメモを持ってきました。

自らの判断で、交通費をメモしておくと切符を購入する時に素早く買えると思ってのことです。

その判断はとても素晴らしいことです。

しかし、画像を見て何か気が付きましたでしょうか?

1140円、840円、1660円。

これらの合計が3640円なのですが、合計の箇所を見ると7140円と書かれているのです。

本人は気づいていませんでしたが、交通費の合計を2回してしまった(計算ミスもある)のです。

ワーキングメモリーの低さと、「交通費」という単語を書くというこだわりが合わさったことによって生じたミスだと思われます。

「交通費合計」という書き方を知っていたら、今回のミスは起きなかったかもしれませんね。

ワーキングメモリートレーニングで鍛える

ワーキングメモリートレーニングの効果ですが、私は懐疑的です。

厳密に言えば、記憶数を増やすという考え方に懐疑的です。

短期記憶の限界数は7±2と言われており、それをさらに10や12に増やすという試みをしている機関もあります。

テレビでもワーキングメモリートレーニングが取り上げられたりした時期もありましたが、最近では効果がないという研究発表がありました。

私が所属している学会では、ワーキングメモリーに関する講演会はありますが、ワーキングメモリートレーニングに関する講演会は見たことがありません。むしろ、ワーキングメモリーが低い人に対してどういう支援が必要かという内容が多いです。

では、トレーニングは本当に無意味かと言えば、多少意味はあるとも思っています。

トレーニングの内容には注意力を制御する訓練も含まれているため、トレーニングを通して制御しやすくなるからです。

制御できるようになる事で記憶力が上がったと言う方もいますが、それは本来持っていた力が発揮されるようになったと捉える方が妥当だと思います。

次にトレーニング効果の持続性ですが、トレーニングを止めるといずれ効果が薄れてきます。

あるトレーニング課題でかなり出来るようになったから大丈夫と判断し、数ヶ月間を置いてから再びやってみると、元に戻っているという事もありました。

一時的にアップしている時期に何をするかが重要

私自身、ワーキングメモリートレーニングをレッスンによく取り入れていた時期があったのですが、ある時ふと思いました。

「これを続けていく事でこの子達は本当に幸せになるのか?」

トレーニングを止めて元に戻るなら、意味がない。でも、一時的でも注意・集中力に変化が起きるのは実感としてある。

ならば、アップしている状態の時に何をするかが重要だと気が付いたのです。

勉強に活かしている教室や塾は時々見かけます。しかし、当時来ていた生徒の多くは勉強以外のニーズが多かったので、外での活動に活かす事にしました。

アップ状態の生徒とそうでない生徒では、指示の通り方や姿勢が明らかに違い、成功体験への繋がりやすさも違うと感じました。

成功体験に繋がると自己肯定感も高まります。そうすると、トレーニングをする意味があると思います。

もし、ワーキングメモリートレーニングをして数値を上げて満足しているような所は危ういと私は考えています。

数値を上げる事を目標にするのではなく、成功体験(出来れば大きな成功体験)と自己肯定感をいかにして高めるか、それを考えながらトレーニングはするべきでしょう。

トレーニングが逆効果になることも

発達障害のある人は失敗体験や人間関係で悩む事が多いです。

心理状態が良くない時にトレーニングをしても効果が見られず、むしろマイナスに働くことがあります。

実際、心理状態が良くない時に数ヶ月トレーニングを続けて、何も変化が表れないという生徒がいました。

そうなると、こんな簡単な事が出来ない自分はダメな人間だと思うようになり、ドンドン凹んでいきました。

心理状態が不安定な生徒は何人か担当しましたが、共通点があります。

無意識に現実を直視するのを避けるようになり、見て記憶するのが難しくなる。

無意識に人の話を聞かなくなり、聞いて記憶するのが難しくなる。といった自己防衛反応を示しました。

そういう自己防衛反応を示している時は、悩んでいる事を吐き出し続けてもらう、悩みの解決方法を一緒に考える、外で活動をして頭を切り替える。

人によって対応方法は変わりますが、この3つが私が実践した中で変化が大きいと感じた方法です。

視覚記憶、聴覚記憶が苦手だからワーキングメモリートレーニングだ!とすぐに思うのではなく、しっかりと原因と状況を分析することが本当の支援に繋がります。

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